2024/06/01 お知らせ(ぷれいんふぁんとクラス)
2024年6月5日 12時29分30秒 (Wed)
| ■ モンテッソーリの言葉 |
モンテッソーリの言葉
なおざりにされる未来
もし私たちがつねに
教育とは知識を伝達するもの
だという古い規範に従って
教育を考えなければならないとしたら
もはや世界の未来には
何の希望もなくなるでしょう
人間そのものの総合的な
形成がなおざりにされているのに
知識を伝達することに
どんな意味があるでしょう?
精神的な存在
無数の個人の集合としての
社会的な人格が無視されているのです
すなわち、私たちが
考慮しなければならない
世界の潜在能力
つまり子どもが
無視されたまま存在するのです
けれどももし援助と
救いがもたらされるとしたら
それをもたらすことができるのは
子どもだけでしょう
なぜなら
子どもは人間の建設者だからです
m.montessori
日本モンテッソーリ綜合研究所発行
中村勇先生訳 子どもの精神
つい・・・
知識を教えたり与えたり
していませんか?
それでは 子どもはいつまでたっても
受け見で 知っているだけです。
そして、飽和状態になると
わすれます。
それが「あっている」や「ちがう」ことができても
体現できないこと
違っても「なにが」「どのように」ちがうかわからないこと
が ほとんどです。
何よりも怖いのが
与えられることからスタートするので
自ら始動できず、
目の前にある課題を認識して
課題を見出し、
解決しようというスタンスにも
それをすることすら
できません。
頑張ればできるというレベルではなく
真っ白状態といった方が
より 近い表現かもしれません。
それくらいに
与えたり、
かってに これは大人の役割だと
やって 美味しい所
表面のところだけ
子どもにさせて、
あたかも自分がしたと
思っていることが多いのです。
周りを見て
他の人もやっているから
そんなものだと
思っていませんか?
もうそれをするのはやめましょう。
本当の意味で「子ども」を
「人間」を知ってください
人間の建設者として
子どもを観る
人間の建設、創造
| ■お知らせ 6月 |

休校をいただきありがとうございました。
絶対安全というのは どこまで言ってもないのですが・・
少しでも安心をもって 通室していただければ幸いです。
さて・・・
GWもありましたし、 ゆっくりもできただろうし
改めて きづいたこと
つい・・・流れてしまっていたことあるのではないでしょうか?
これから気温も上がってきて 通園にも疲れやすくなります。
体調をくずさず 過ごしていきましょう
また、お子さまの成長ファーストにむけて 必要なことをどんどんお伝えしていきます。
教室だけにならないよう ご家庭での取り組みと合わせて進めてまいりましょう。
そうしたものを やってからスミマセンは 子育てにおいて 放置・傍観と同じ行為であると心得てください。
| ■植物と共に・・・ |
ブルーペリーが実っています。
トマトもまだ緑ですが、実っています。
その他も実りかけています。
収穫の喜びを得るためだけに植えているのではありません。
教室にあるもだから 触って取っていいのではありません。
きっと 興味をもって触りたくもなりますが、
触ると これからという時に実を落とすことにもなります。
◆みんなで育てているということ
◆自分のものでないものに 勝手に触ることはよくないということ
◆もし実っていても まずは尋ねるということ
◆収穫してもいいとなっても 採りたいからとれるものは全部取るはいけないということ
◆ほかの日にも来るお友達も楽しみにしているということ
◆採る=本当に自分が必要として その量であるかということ
◆自分のものでないものに 勝手に触ることはよくないということ
◆もし実っていても まずは尋ねるということ
◆収穫してもいいとなっても 採りたいからとれるものは全部取るはいけないということ
◆ほかの日にも来るお友達も楽しみにしているということ
◆採る=本当に自分が必要として その量であるかということ
そういうことを まずは保護者の皆様の中に 常識の範囲としてお持ちいただき
お子さまが興味で触って 採ってしまいました。 スミマセンではなく そうならないように
社会性として 子どもが正しく 扱えるものとして 関わってあげてください。
してしまってわかることもありますが、
やってしまってからでは戻らないものもあるということも 大事です。
| ■作品披露展■ |
グループクラスの皆様は 2枚(1/2サイズ×2枚)を使ってびっしり作成してくださった方もおいでです。
ぷれの方は 紹介サイズ(1/4サイズ)とおつたえしましたので 恐縮せずにいてくださっていいのですが、
ぜひ披露会には 先輩方の内容をみて 励みにしてください。
披露会は、全員でそろって、準備のめどが立ったらお知らせします。
| ■マスク・手洗い・うがい・消毒■ |
子どもは 体調や通園(通学)の さまざまな感染状況によって 着用をお願いしていました。
それは これからも変わりません。
何もない時は、着用しなくてもいいですが、 本人の体調不良・本人が健康でも園で感染症が流行している場合は、着用と共に その旨を教えてください。
それに伴って、一緒に活動する子たちにも マスク着用の促しを判断します。
その為、マスクは必ず カバンに入っているようにしてください。
大人も これまで 気を遣って着用してくださっていると思いますが、これも子ども同様にしていきたいと思います。
これまで着用していた講師も同様にさせていただき、 必要に応じて(花粉症の時もあるかもしれませんが・・)着用しますし、そのように お願いします。
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【手洗い・うがい・消毒】
感染症予防・以前に 外から帰っても 手洗い・うがいは基本中の基本。
結構、幼稚園でしていても ぞんざいだったりスルーする人もいるようなので
教室でしっかりとすることを 再確認してほしいと思います。
| ■疲れているから・・・○○はもうやめましょう■ |
子どもだって、 すぐには自己管理なんてできません。
でも、考える機会をあたえてあげると
それを考えることができます。
きっと今はそれをされていないと思います。
なんでも 思いっきりも大事ですが、いつまでもそれではいけませんし、
また、子どもはそう言っていても思いっきりになりがちなので
ストッパーになる心配をされなくて大丈夫ですので
手放しから まずは頭に置くスタートをしてください。
うまくいかなければ うまくいかない自分を味合うことが必要です。
つかれているから 泣いて・・大人が○○なんです・・・と伝える
もうそれをやめましょう。
当事者はいつまでも 小さな子どもの精神のままになります。
「片付けも活動のうち」というのと同じで、
体調も含めて活動であることを知っていかねばなりません。
やりたくっても あとに約束があるなら 取捨選択をせねばならない
これも管理能力=責任と言えます。
疲れてから 大人が対処するのではなく
前の活動をするときに 先を考えさてあげ
「やりたい」だけではなく、理性をふくめて 取捨選択し
それに責任をのせて 進めるようにしましょう。
| ■荷物の準備や片付けを大人がしてはいけません |
ましてや、荷物持ちを親がしていませんか?
絶対にダメです。
子どもがもってきても キッパリ断れる親になり、
子どもにその期待を 一泪も持たせないくらいに 一貫するようにしてください。
これも先の項目同様、つかれているから今だけねは ぜっっっったいに ありません。
(あるとするなら、骨折してもてない 39度越えの発熱があるときくらいかな~)
センセー鬼ーーーーー!と
思われるかもしれませんが、 私からすると
あるときは もたないで あるときは持ってあげる
それって大人の尺ですよね~
子どもから見たら、「気まぐれで きめていいんだ」を
対応で 与えている方が 酷といえます。
幼稚園の荷物を自分で準備していますか?
今一度 しっかりと伝えられる、大人になってください
【絶対ダメなのが・・・】
子どもの荷物に手を入れて 手紙や洗い物を出す行為です。
教室で 一番言ってはならない言葉が・・・
忘れ物をしたときに・・・
「お母さんが入れてくれなかった」です。
はい、そんな人は モンテッソーリ教育の精神、真逆行為で 習ってできるものはないと今一度戒めてください。
そして、それで得られる通室はありません。即破門だと心得てください。Σ(・□・;)
(厳しい言い方ですが、 それくらいの行為だということです。)
| ■伝えないのもいけませんし、なんでも答えを言うのも いけません |
なんでも答えてしまうのもよくありません。
これでいい? いいよ。
いや・・・それ いいかどうかを判断するのも子どもの仕事ですよね。
子どもが尋ねるということは それがいいのかを意識している時期に来ているということです。
ということは、 それをジャッジする感覚を身に着けていく時期にも来ているのに
はいはい・・とこたえては 仕事を奪っていることにほかなりません。
もう、 なんでもしてあげないとけない 小さな子ではありません。
癇癪をおこしたから 抱っこをするのではありません。
それらもすべて自分で受け止めていかねばなりません。
抱っこをすることで それを大人が引き受けたことになります。
大人がなんでも 解決をするのではなく どうすればかいけつできるとおもう?
と問いかけて こどもに寄り添ってあげる 関わりをしてくださいね
| ■自分のことは自分で言えるようになりましょう |
黙って忖度してもらう(わかってあげる)
もうやめましょう。
大人はわかっていても いつだって「どうしたの?」と全く何も知らないていで
こどもが 「なにが」「いかように」なって 「どうなのか」
ということを 言葉で言って、
そのうえで「じゃあそれを解決するために どうしたらいいとおもうのか?」とたずねてあげて
答えを言わないのが 親の愛情というものです。
間違っていようが まずはそこに答えを出しやってみればいいのです。
大人のものさして 間違っているであるや もっとうまくいくのに・・と思ってはいけません。
やってみて 子どもが「もっとうまくできる」と思えば もういちどやればいいのです。
やってみなくちゃわからない
で やらせて自分で 答えを出させて 自分で評価させてあげてください。
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