【blog】誰といるか…
2022年01月24日
【誰といるか】教室に通う子どもたちは、幼稚園や学校が違います。
それぞれは個でありながらも、子どもたちが繋がっていきます。
『一緒の環境にいる』
と、いうだけではなく
頑張る集団に身を置くということです。
子どもたちは 求め そこに向かっているだけですから、必死感はありませんが、大人の視点でいう
『頑張る姿』といえます。
そして、そこには、ある現象がおこってきます。
子どもたちの 熱が高まっていくと
そこに 集まるかのように
周りの子も その熱レベルになっていきます。
そして、子どもの
活動レベルの熱さが『普通』になっていきます。
もちろん この段階に
達するまでに 沢山の紆余曲折がそれぞれにあります。
途中で投げ出していては そこに到達しません。
私は困難に出会うと成長できるチャンス(好機)が来たと おめでとうといいたくなります。
それまでは、そこにすら至らなかったのですから…
不具合に感じるのは、
不具合部分が必要になったということです。
『直ぐ側に来て、乗り越えられるチャンスが到来』
でも、それは ひとりでは、立ち向かえません。
励ましてくれる人、寄り添ってくれる人、そして、進めると信じて勇気を持てる自分か必要なのです。
※あえて言いますが、勝手なガイドをして手を引く安易な大人は、子どものすべてを奪います。
それらを幾度も乗り越え、それでも今、目の前にある課題に向かっていくそんな集団に身をおく そんな友達とともに取り組むのは、
非常に有益な時間ですね。
これは論語なのですが、
草子の言葉で
『教えありて類なし』
という言葉があります、
意味は、
「生まれたときに差はありません。誰に教わり、誰と過ごしたかで、差が生まれるのです」
モンテッソーリ教育の物的環境は、他からみたら、独特かもしれません。
でも、物的環境だけではなんの意味もありません。使い方をなぞってもほんの微妙な姿勢が 違えば モンテッソーリ教育からはずれていきます。
モンテッソーリ博士の
緻密な計算から生まれた教具やその関わりは 科学的な裏付けによって提唱されており、その理論のもと、
それらが
子どもたちが進むビタミン剤となり、子どもたちが能動的に手を伸ばし、自分で進む そんな教育であると 言えます。
いま、日本ではモンテッソーリ教育のブームが巻き起こっていますが、
反乱傾向にもあると言えるかもしれません。
子どもたちの 精神発達に即した
教育であるとともに、そんな息遣いの子どもたちが増えていってほしいと思います。
(ぽこあぽこいんふぁんと生 6年目、7年目生)
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